ストーリー集

Vol.07|採用担当者はいない。予算もほとんどない。それでも、採用活動は変えられた。中小企業3社の物語

採用担当者がいない。
予算もかけられない。ノウハウもない。

それでも、人を採らなければ会社の未来がつくれない。

そんな状況で採用活動と向き合っている中小企業は、決して少なくない。

専任の担当者を置く余裕はなく、社長や総務担当者が、本来の仕事を抱えながら採用活動も担う。求人票を書き、応募者に連絡し、面接を調整する。けれど、思うように応募は来ない。

「何から手をつければいいのか分からない」

そうして手詰まりになると、次に浮かびやすいのが、「やっぱり、お金をかけないと人は採れないのではないか」という考えだ。

求人媒体への広告費を増やす。人材紹介会社に頼る。それでも応募が来なければ、さらに予算を増やすことを考える。

もちろん、採用活動において予算は重要だ。

広告費をかければ、多くの求職者の目に触れる可能性は高まる。専門のサービスを使うことで、自社だけでは届かなかった人に出会えることもある。

けれど、予算をかけている会社が、必ずしもうまくいっているわけでもない。

人材紹介会社に手数料を払っても、自社にマッチせず早期に退職してしまうこともある。広告費を積み増しても、応募数が思うように増えないこともある。

予算の大小と、採用活動の成果は、必ずしも比例しない。

では、人も、時間も、予算も限られている会社は、何を変えればいいのだろう。

今回紹介するのは、そんな問いと向き合った3社の物語だ。

九州の設備工事会社。
関東の税理士法人。
中国地方の製造業。

業種も、会社の規模も、置かれていた状況も違う。

ただ、一つ共通していた。

採用活動にかけられる人も、時間も、予算も、決して潤沢ではなかったことだ。

6年間、応募がほとんど来なかった会社。
人材紹介会社からの連絡を待ち続けていた会社。
できることは試したはずなのに、応募ゼロから抜け出せなかった会社。

入り口は違っても、3社とも「この先、何をすればいいのか分からない」という場所に立っていた。

それでも、そこから採用活動は動き始めた。

特別な予算を投じたわけではない。
専任の採用担当者を新たに雇ったわけでもない。

変えたのは、もっと足元にあるものだった。

今いる社員。
すでに持っている会社の魅力。
これまで付き合ってきた人材紹介会社。
無料で使える求人媒体。
社長自身が動かせる時間。

「ないもの」を増やす前に、「今あるもの」を見直す。

そこから始まった、3社の変革をたどっていく。

目次

第一話|設備工事業×九州(従業員30名超)「あらゆる手は試した」。それでも6年間動かなかった採用を、社員の言葉が変えた

出発点|6年間、手を尽くしても応募がほとんど来なかった

水道・下水道・配管・土木・プラント工事を手がける、九州の設備工事会社がある。

従業員は30名超。給与水準は業界相場並みで、社員を大切にする社風もある。

決して、「働く環境に大きな問題がある会社」ではなかった。

それでも、6年間にわたって慢性的な人手不足が続いていた。

代表取締役は地域団体の理事も務め、「自社だけではなく、業界全体を良くしたい」という強い使命感を持って経営にあたっている。

これから事業をさらに成長させていくため、初めて金融機関からの融資を受ける方針への転換も検討していた。

「利益の絶対額を増やして、社員の幸せ・地域の幸せを拡大していきたい」

会社として、やりたいことはある。

その未来に向かううえで、最大のボトルネックになっていたのが「人」だった。

採用について何もしてこなかったわけではない。

むしろ、逆だった。

あらゆる採用手段は、すでに試したあとだった。外国人材の採用にも取り組んだ。それでも、継続的な採用にはつながらなかった。

条件面に、これといった弱点があるわけでもない。

それなのに、応募が来ない。
慢性的な人手不足に悩まされていた。

1年ではない。
2年でもない。

6年間だった。

何か新しい手を打とうとしても、「それはもう試した」という選択肢が増えていく。

そんな中、採用活動はいつしか「社長と総務の仕事」になっていた。

一方で、毎日この会社で働き、この会社の仕事を知り、この会社の良さも大変さも知っている現場の社員は、採用活動にはほとんど関わっていなかった。

あとから振り返れば、この構造そのものが、6年間の停滞をつくっていたのかもしれない。

条件を変える。
媒体を増やす。
広告費を積み増す。

打ち手だけを考えれば、選択肢はいくつもある。

けれど、この会社に本当に足りていなかったのは、打ち手の「数」ではなかった。

自分たちは、どんな会社なのか。
何を大切にして働いているのか。
なぜ、ここで働き続けている人がいるのか。

採用活動で伝えるべき中身が、まだ言葉になっていなかった。

転換点|求人票を書き直す前に、12人の社員に話を聞いた

スケッチが最初に着手したのは、新しい求人媒体を探すことではなかった。

社内へのインタビューだった。

全社員の約40%にあたる12名に、一人ひとり話を聞いていった。

この会社のどこが好きなのか。
なぜ、ここで働き続けているのか。
この仕事のどこに誇りを感じるのか。

一つひとつ問いを重ねていく。

すると、これまで求人票にも採用サイトにもほとんど載っていなかったものが、少しずつ言葉になっていった。

それは、外部のコンサルタントが考えた「それらしい魅力」ではない。

もともと、この会社の中にあったものだ。

ただ、社員にとっては日常すぎて、言葉にしてこなかった。

だから外には伝わっていなかった。

求人票を書き直す前に、まず「何を書くべきなのか」を見つける。

その材料を、社員自身の言葉から集めていった。

そして並行して、社員の約25%にあたる8名が、採用プロジェクトのメンバーになった。

それまで「社長と総務の仕事」だった採用に、現場の社員が入ってくる。

ここから、採用活動そのものの意味が変わり始めた。

変革のプロセス|媒体を増やすのではなく、「伝わっていなかった会社」を伝え直す

社員へのインタビューで掘り起こした魅力をもとに、採用サイトを制作し、求人原稿を全件最適化した。

Indeedやハローワークは、もともと使っていた媒体だった。

だから、新しい媒体へ次々と手を広げたわけではない。

同じ媒体でも、何を伝えるか。
どう見せるか。
どう運用するか。

その使い方を、徹底的に見直した。

採用ピッチ資料(PRブック)も制作した。

会社の強みや働く魅力を、まだ会社のことをよく知らない応募者にも伝わる形に整理したものだ。

さらに、HPのリニューアルとGoogleビジネスプロフィールの改善も進めた。

求職者は、求人票だけを見て応募を決めるとは限らない。

会社名を検索し、ホームページを見る。Googleの情報を見る。場合によっては複数のページを行き来しながら、「本当にこの会社に応募して大丈夫だろうか」と確かめている。

そこで、どこにたどり着いても、この会社が大切にしていることが同じように伝わる状態を整えていった。

もう一つ、大きなテーマになったのがリファラル採用だった。

社員紹介がうまく機能していない背景を探っていくと、そこには6つの阻害要因があった。

「知り合いを紹介したくない」のではない。

紹介したい気持ちはあっても、何かがその一歩を止めている。

その「何か」を一つひとつ特定し、取り除いていった。

リファラル採用は、「無料でできる採用手法」として紹介されることが多い。

しかし、単に社員に「誰か紹介してください」とお願いするだけでは、ほとんど動かない。

社員が何に迷っているのか。
何が不安なのか。
どうすれば紹介しやすくなるのか。

そこまで向き合って、初めて動き始める。

結果|6か月で応募17名・5名採用。支援終了後も採用は止まらなかった

支援開始から6か月。

応募17名、採用5名を実現した。

採用したのは、1級管工事施工管理技士2名、事務職2名、安全管理責任者1名。

難易度の高い専門資格を持つ人材の採用にもつながった。

そして、この会社の変化を象徴しているのは、その後だった。

スケッチとの契約が終わったあとも、採用活動は止まらなかった。

2〜3か月の間に、さらに事務職・CADオペレーターの2名を採用。

合計7名の採用を、費用をかけずに実現した。

外部の支援がなくなった瞬間に元へ戻るのではなく、自分たちで採用活動を続けられている。

それは、採用活動の「成果」だけではなく、採用活動を続ける「力」が会社の中に残ったことを意味している。

担当者は、こう振り返っている。

「採用って『広告を出すこと』だと思っていたんですが、そうじゃなかった。
自分たちがやっていることや、信じていることをきちんと整理して伝えることが大事だったんですね。スケッチさんと一緒にやって、自分たちの魅力を“言語化”できたことで、自信が持てるようになったし、何より社員のみんなが採用を自分ごとにしてくれたことが嬉しかったです。」

この会社が取り戻したもの|採用活動の材料は、最初から会社の中にあった

この会社が変えたのは、求人媒体でも、採用予算でもなかった。

「採用活動は社長と総務の仕事だ」という前提だった。

社員の4割に話を聞き、その中から社員の4分の1が採用プロジェクトに加わった。

会社の魅力を一番よく知っている人たちが、採用活動に関わり始めた。

広告費を積み増す代わりに、すでに会社の中にいる人の力を動かした。

考えてみれば、会社の魅力そのものは、6年前から存在していたはずだ。

社員を大切にする社風も、仕事への誇りも、会社が目指している未来も、突然生まれたわけではない。

ただ、それが言葉になっていなかった。

だから、社内にはあっても、求職者には存在していないのと同じだった。

6年間動かなかった採用が動き出したのは、新しい武器を外から持ってきたからではない。

すでに持っていたものに、自分たち自身が気づいたからだった。

手段を増やす前に、伝える中身を見つける。

採用活動を、一部の担当者の仕事から、会社の仕事へ戻していく。

その順序を変えたことが、この会社の6年間を動かした。

 

第二話|税理士法人×関東(創業5年)|「紹介を待つ」から「自分たちで動かす」へ。共同経営者の離脱をきっかけに採用を変えた税理士法人

出発点|人が必要なのに、自分たちからできることがほとんどなかった

東京都内にある、創業5年の税理士法人。

共同経営者の離脱により人員が減少し、一部顧客の減少も見込まれていた。

採用活動を強化しなければならない。

しかも、できるだけ早く。

そんな状況だった。

しかし、専任の採用担当者がいるわけではない。

これまでの採用活動は、人材紹介会社からの紹介を待つ形が中心だった。

毎月数件の紹介は届く。

ただ、そこから大きな進展にはなかなかつながらない。

紹介会社へ依頼する。
良い人がいれば連絡をもらう。
連絡が来なければ、また待つ。

日々の業務がある中で、採用活動のためだけに動ける人も時間も限られている。

だからこそ、紹介会社に頼ること自体は自然な選択だった。

専門職の採用市場では、紹介会社を活用している法人も多い。

問題は、紹介会社を使っていることではなかった。

「紹介を待つ」以外に、自分たちから採用活動を動かす方法をほとんど持っていなかったことだった。

応募数がどれくらいあるのか。

どの選考段階で候補者が減っているのか。

一人を採用するために、いくらかかっているのか。

そうした数字を継続的に把握する仕組みもなかった。

法人の強みを求職者へ伝えるPR資料や採用ピッチも、まだ整っていない。

人が必要なのに、自分たちで動かせるものが少ない。

共同経営者の離脱によって、その状態の危うさが一気に表面化した。

転換点|最初に増やしたのは、求人ではなく「見える数字」だった

スケッチが最初に取り組んだのは、求人媒体を増やすことではなかった。

応募数、選考進捗、採用単価。

採用活動に関する数字をモニタリングできる状態をつくることだった。

何件応募があったのか。
そのうち何件が選考に進んだのか。
どこで候補者が離れているのか。
最終的に、一人を採用するためにいくらかかっているのか。

それまで感覚の中にあった採用活動を、数字で捉え直していく。

数字が見えると、「採用がうまくいっていない」という一つの大きな悩みが、いくつもの具体的な課題に分かれていく。

応募が足りないのか。
選考に問題があるのか。
使っているチャネルが偏っているのか。

初めて、「次にどこを変えればいいのか」が見えるようになる。

同時に、この法人ならではの強みも洗い出した。

専門職としての採用市場の中で、この法人で働く理由は何なのか。

他の税理士法人ではなく、ここを選ぶ意味はどこにあるのか。

共同経営者の離脱は、法人にとって痛手だった。

しかし同時に、自分たちはどんな法人なのか、これからどんな組織でありたいのかを、あらためて考える機会にもなった。

変革のプロセス|紹介会社をやめるのではなく、「待つ関係」をやめた

数字の土台と強みの言語化ができたところで、複数の採用手法を組み合わせる体制づくりへ進んだ。

Indeedの運用。
自社採用サイトの制作。
採用ピッチ資料の作成。

一つのチャネルにすべてを託すのではなく、求職者との入り口を複数持つ。

これによって、人材紹介会社からの連絡だけで採用活動全体が左右される状態から抜け出そうとした。

そして、紹介会社との付き合い方そのものも変えた。

人材紹介会社向けの説明会を開催し、エージェントネットワークも新たに導入した。

ここで大切だったのは、「紹介会社への依存をやめる=紹介会社を使わない」ではなかったことだ。

むしろ逆だった。

紹介会社という既存のチャネルも、自分たちから動かしていく。

「良い人がいたら紹介してください」と伝えて待つだけの関係から、自社の状況や求める人物像、魅力をこちらから伝えていく関係へ。

同じ紹介会社を使っていても、付き合い方が変われば、採用活動は変わる。

さらに、選考プロセスそのものも見直した。

応募から採用までの流れを整理し、応募者にとっても選考を進めやすい体制を整えていった。

人事担当者には、採用手法を自ら身につけていくための育成支援も行った。

その場で応募者を集めるだけなら、外部がすべて代わりにやる方法もある。

けれど、それでは支援が終わったあと、再び「分からない」に戻ってしまう。

だから、支援期間中から、法人の中にノウハウが残ることを前提に進めた。

結果|5か月で応募50件超。即戦力を含む4名を採用

支援開始から5か月。

応募は50件を超えた。

紹介を待っていた頃とは、候補者との接点そのものが大きく変わった。

そこから有望な人材4名を採用。

うち1名は、入社初月から案件を担当する即戦力として活躍を始めた。

採用手法が増えただけではない。

応募状況を自分たちで把握し、数字を見ながら改善し、必要に応じて打ち手を変えられる。

紹介会社とも、自分たちから関係をつくる。

紹介依存型だった採用活動から、複数のチャネルを組み合わせ、自ら動かせる採用体制へ変わっていった。

法人の担当者はこう語っている。

「“紹介を待つだけ”だった採用が、自社で数値を見ながら改善できる仕組みに変わりました。
採用広報の考え方も一新され、税理士法人としての強みを打ち出せるようになったことが大きな収穫です」

この法人が取り戻したもの|「採れるかどうか」を、誰かに委ねない

紹介会社を利用することが問題だったわけではない。

むしろ、専門職採用においては有効な選択肢の一つだ。

変わったのは、その関係の中で誰が採用活動を動かしているのか、ということだった。

以前は、紹介会社から候補者が来るかどうかを待つしかなかった。

今は違う。

応募状況を自分たちで見て、課題を把握する。
自社の魅力を自分たちの言葉で伝える。
必要であれば紹介会社にもこちらから働きかける。

採用チャネルそのもの以上に大きかったのは、採用活動の主導権が、自分たちの手に戻ってきたことだった。

予算が限られているとき、「何にお金を使うか」はもちろん重要だ。

けれど、それと同じくらい重要なのが、「何が起きているかを自分たちで分かっているか」なのかもしれない。

数字を見えるようにするだけなら、大きな予算はいらない。

だが、その数字は次に打つ一手を教えてくれる。

共同経営者の離脱という出来事は、この法人にとって決して望んだものではなかった。

危機があれば会社は強くなる、という単純な話でもない。

それでも、この法人は、その局面で立ち止まるのではなく、それまで見過ごしていた採用の仕組みそのものを見直した。

そして、「誰かが良い人を連れてきてくれるのを待つ採用活動」から、自分たちで動かす採用活動へと変わっていった。

 

第三話|製造業×中国地方(従業員10〜20名)|「何をすれば応募が入るのか分からない」。2代目社長が、仕組みゼロから採用の型をつくった

出発点|会社には強みがある。それなのに、採用では何も起きなかった

中国地方にある、従業員10〜20名の金属加工会社。

高い技術力を持ち、大手メーカーとの安定した取引関係もある。

経営基盤として、決して弱い会社ではない。

顧客から選ばれ、仕事もある。

けれど、採用になると状況はまったく違った。

HPを刷新した。
ハローワークも活用した。
自分たちなりに、できることは一通り試した。

それでも、成果はゼロだった。

経営を担うのは、2代目社長。

専任の採用担当者はいない。

社内に採用ノウハウが蓄積されているわけでもない。

「何をすれば応募が入るのか分からない」

それが、当時の状態だった。

大手メーカーと継続的に取引できている。

それは、この会社の技術力や信頼性が評価されている証拠だ。

けれど、取引先が知っているその価値を、求職者が知っているとは限らない。

事業として選ばれる会社であることと、働く場所として選ばれる会社であることは、同じではない。

その間には、埋めなければならない距離がある。

HPを新しくしても応募が来ない。

ハローワークに掲載しても反応がない。

手を打つたびに結果が出なければ、次第に「次は何を試せばいいのか」だけでなく、「そもそも何が悪いのか」も分からなくなる。

この会社が抱えていたのは、まさにその状態だった。

転換点|「何をすればいいか分からない」を、分解してみる

スケッチが最初に行ったのは、採用活動全体の課題を洗い出し、ボトルネックを特定することだった。

どの媒体に掲載しているのか。

そこには何が書かれているのか。

何を試し、何をまだ試していないのか。

応募者との接点はどこにあるのか。

「応募が来ない」という一つの悩みを、細かく分解していく。

すると、それまで一つの大きな壁に見えていたものが、「変えられる部分」の集まりとして見えてくる。

HPを活用した広報の強化。
これまで試していなかった採用手法へのチャレンジ。
無料で使えるもの。
必要に応じて費用をかけるもの。
WEB上で求職者に届ける方法。
地域の中で接点をつくる方法。

何か一つの正解を探すのではなく、複数の可能性を小さく試していくことにした。

リソースが限られている会社だからこそ、一つの施策にすべてを賭けて外したときの負担は大きい。

それなら、小さく試し、結果を見て、残すものと変えるものを判断していく。

「正解を当てる採用活動」ではなく、「正解に近づいていく採用活動」へ。

考え方そのものを変えていった。

変革のプロセス|社長一人でも「続けられること」を、採用活動の条件にした

職種別に、無料から有料まで複数の採用手法を組み合わせた。

WEB上の施策だけではない。

地域に根ざしたローカルな手法にも取り組んだ。

そして、一度掲載して終わりにはしなかった。

反応を見る。

改善する。

また試す。

結果を見て、次の打ち手を変える。

そのサイクルを回し続けた。

ここで、この会社にとって大切な条件が一つあった。

どれだけ良い方法でも、社長一人で続けられなければ意味がない。

専任の採用担当者はいない。

これから急に、人事部門をつくれるわけでもない。

社長には、採用以外にもやるべき仕事が山ほどある。

だからこそ、「理想的な採用活動」ではなく、「この会社が現実に続けられる採用活動」をつくる必要があった。

手をかければ成果が出る仕組みでも、その手間が大きすぎれば続かない。

逆に、派手ではなくても、無理なく継続できる仕組みなら、改善を積み重ねることができる。

人手をかけられない会社にとって、続けられるかどうかは、施策の効果と同じくらい重要な条件だった。

結果|応募ゼロから4か月で8名。やがて悩みそのものが変わった

応募ゼロだった状態から、4か月で8名の応募。

1名の採用を実現した。

その後も応募は継続し、年間24名ペースまで向上した。

従業員10〜20名規模の会社にとって、決して小さな数字ではない。

けれど、この会社で起きた変化は、応募数だけではなかった。

採用について話す内容そのものが変わった。

以前は、

「どうすれば応募が来るのか」

が最大の課題だった。

応募が継続して入るようになると、

「来てくれた応募者を、どう選考につなげるか」

が次の課題になった。

一見すると、また新しい悩みが増えただけにも見える。

けれど、この二つはまったく違う。

応募ゼロの会社は、選考を改善することすらできない。

候補者と出会えて初めて、次の課題へ進める。

悩みの種類が変わったことそのものが、この会社が一段階前へ進んだ証だった。

そして、社長一人でも継続可能な採用活動の仕組みが、少しずつ会社の日常に組み込まれていった。

この会社が手に入れたもの|一度で正解を当てなくても、採用活動は前に進められる

この会社が変えたのは、採用活動の「手数」だった。

一つの方法に賭ける。

反応がなければ、また別の方法に賭ける。

そうではない。

複数の方法を小さく試し、結果を見ながら改善する。

うまくいかなければ、原因を考えて変える。

うまくいけば、その方法を続ける。

その地道な繰り返しが、応募ゼロを動かした。

もともと、この会社には高い技術力があった。

大手メーカーから選ばれ続けるだけの信頼もあった。

会社の価値がなかったわけではない。

足りなかったのは、その価値を採用活動という場まで届けるための手数だった。

「何をすれば応募が入るのか分からない」

そう感じる中小企業は多い。

けれど、最初から正解を知っている必要はないのかもしれない。

一度で当てなくてもいい。

小さく試す。

結果を見る。

また変える。

その動きを止めなければ、「何をすればいいか分からない」は、少しずつ「次に何をすればいいか分かる」へ変わっていく。

大手メーカーとの取引を守り、会社を経営しながら、採用という新しい課題にも向き合う。

2代目社長にとって、その負担は決して小さなものではなかったはずだ。

だからこそ、「頑張り続けなければ維持できない採用」ではなく、「無理なく回せる採用」にたどり着いたことに意味がある。

採用活動は、社長が特別に時間をつくって取り組むものから、少しずつ会社の日常の一部へと変わっていった。

まとめ|「ないもの」を数えるのをやめたとき、採用は動き始める

今回紹介した3社には、共通していないことのほうが多い。

設備工事会社と税理士法人と金属加工会社では、採用する職種も違う。

会社の規模も違う。

抱えていた課題も違う。

だから、実際に行ったことも同じではない。

社員を巻き込んだ会社があれば、紹介会社との関係をつくり直した法人もある。

複数の施策を小さく試し続けた会社もある。

スケッチが3社に同じ採用手法を持ち込んだわけではない。

それぞれの会社を見て、それぞれに「今、どこを動かせば採用が前へ進むのか」を考えた。

ただし、3社には一つ、大きな共通点があった。

専任の採用担当者はいない。
使える予算も限られている。

そんな状況で、外から何かを大量に足すのではなく、まず自分たちがすでに持っているものを見直したことだ。

設備工事会社には、会社を好きで働き続けている社員がいた。

税理士法人には、これまで付き合ってきた人材紹介会社と、自分たちだからこそ語れる強みがあった。

製造業には、大手メーカーから選ばれてきた技術力と、社長自身が動かせる小さな手数があった。

どれも、支援を始めた日に突然生まれたものではない。

最初から、その会社の中にあった。

けれど、採用という観点から見たときには、まだ十分に使われていなかった。

3社に共通する、もう一つの変化がある。

採用活動を「誰かにやってもらうもの」のままにしなかったことだ。

設備工事会社では、社員が採用プロジェクトに参加するようになった。

税理士法人では、担当者自身が数字を見ながら採用活動を改善できるようになった。

製造業では、社長一人でも無理なく回せる採用の型ができた。

外部の支援が入っている間だけ応募が増える。

それだけなら、一時的な成果で終わる。

支援が終わったあとに、

「次に何を見ればいいか」

「何を変えればいいか」

「自分たちで何ができるか」

が会社の中に残る。

そこまでいって初めて、採用活動はその会社自身のものになっていく。

「予算をかけずに変わった」と書くと、簡単に聞こえるかもしれない。

実際には、3社ともお金とは別のものを使っている。

社員と話す時間。

数字を整理する手間。

求人原稿を何度も見直す時間。

紹介会社と関係をつくるための働きかけ。

一つひとつの施策を試し、結果を見て改善する地道な作業。

どれも、華やかなものではない。

大きな広告予算を出せば省略できる、というものでもない。

むしろ、限られた条件の中で成果を出そうとしたからこそ、自分たちの会社をもう一度見直す必要があった。

採用担当者がいない。

予算もない。

ノウハウもない。

3つがそろうと、採用できない理由としては十分すぎるように見える。

もちろん、簡単ではない。

予算があったほうが選択肢は増えるし、人がいればできることも増える。

それでも、「ない」という事実だけで、採用の可能性がなくなるわけではない。

6年間人手不足に悩み続けた会社の中にも、求職者に伝えるべき言葉はあった。

紹介を待っていた法人にも、自分たちから動かせるものはあった。

応募ゼロだった会社にも、試せる手はまだ残っていた。

採用活動が止まっているとき、つい目は「足りないもの」に向く。

予算が足りない。
人が足りない。
知名度が足りない。
条件が足りない。

けれど、本当に最初に見るべきなのは、そこではないのかもしれない。

この会社には、まだ採用活動に使えていない何があるだろう。

社員の言葉かもしれない。

会社が積み重ねてきた信頼かもしれない。

これまで当たり前すぎて、魅力だと思っていなかった働き方かもしれない。

使っている媒体の、まだ試していない使い方かもしれない。

あるいは、これまで外部に任せきっていた採用活動を、自分たちで理解することかもしれない。

「予算がないから、できない」と考えるか。

「今あるもので、何なら動かせるだろう」と考えるか。

その問いの違いだけで、明日から使える予算が増えるわけではない。

採用担当者が突然現れるわけでもない。

けれど、会社が見る景色は変わる。

そして今回の3社は、その小さな視点の変化から、実際に採用活動を動かしていった。

会社の中には、自分たちが思っている以上に、まだ使われていない力がある。

採用活動が止まっているときに必要なのは、新しい何かを外から足すことではなく、まずそれを見つけることなのかもしれない。


次回のVol.08では、採用の枠を超えた全社変革の記録を取り上げる。

7か月で採用・研修・評価制度・新規事業・AI導入までを同時に進めた電気工事会社。

そして、4年半の伴走を通じて売上が4倍に成長した、人材業界の会社。

採用という一つのテーマから始まった変化が、組織や事業そのものへどう広がっていったのか。もう少し長い時間軸で、会社が変わっていく物語をたどっていく。

 

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